SELECT02/世紀の大番狂わせはなぜ起きたのか? 1982 イタリアvsブラジル

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大番狂わせと言われた試合は奇跡ではなく
|緻密な計算の基に起きた“必然”だった

世の中に「番狂わせ」、あるいは「奇跡」と呼ばれる出来事は数多存在するが、真相をひも解いていくと、その多くは決して偶発的に起きたものではなく、実に緻密な計略や準備、思考、心理戦などに基づいていることが多いことに気づく。つまり、奇跡と呼ばれる出来事の多くは奇跡ではなく、番狂わせと呼ばれる出来事の多くが必然だったということは、よくあることだ。

スポーツなど勝負事の世界では、しばしば「番狂わせ」「ジャイアントキリング」「奇跡」と称される瞬間が訪れる。いずれの表現を使う場合も、「予想外の結果になった」「格下と思われた者が、格上の者に対して想定外の勝利を収めた」ということを表すことは共通している。

サッカーW杯において「番狂わせ」とされるのは、1950年ブラジル大会のグループリーグ第2戦で行われた「アメリカvsイングランド」と、1966年イングランド大会のグループステージ第3戦で行われた「イタリアvs北朝鮮」だろう。ともに格下だったアメリカと北朝鮮が、サッカー大国のイングランドとイタリアから勝利を挙げた試合だが、なかでも前者は「FIFAワールドカップ史上最大の番狂わせ」と評されている。

そして、W杯の歴史の中でもうひとつ挙げられる番狂わせが、1982年スペイン大会の2次グループで行われたイタリアとブラジルの一戦だ。ともにサッカーにおいては世界を牽引する存在だが、勝利を収めたイタリアは大会前から評価が低く、対してブラジルはジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾという黄金の4人と呼ばれた世界最高の中盤を構成し、優勝候補の筆頭と目されていた。しかし、結果は人々の予想に反してイタリアが勝利を収め、結局“アズーリ”はこの大会で3度目の世界制覇を成し遂げることになる。イタリアにとって、このブラジル戦は優勝への分岐点となったのだ。

当時、誰もが信じて疑わなかったブラジルの勝利を覆し、イタリアが勝利を収めた裏には何があったのか。その90分の死闘を克明に解説し、両チームの関係者へのインタビュー・証言を軸にしながら丁寧にひも解いた一冊がある。ガイドワークス サッカー小僧新書EXから刊行されている『世紀の大番狂わせはなぜ起きたのか? 1982 イタリアvsブラジル』(著/加部究)が、それだ。

世にサッカー関連の書籍・新書・雑誌は数あれど、これほど1試合に焦点を当てて、当時の両チームが置かれていた環境や、選手・監督たちの証言、事細かな試合描写で90分間のドラマを描き出した読み物は、そうないだろう。ブラジルに偏るわけでもなく、イタリアに偏るわけでもない。実に中立的な立場でそれぞれのチームを検証しており、読み進めていくと冒頭で記したように「番狂わせは奇跡ではなく、必然だった」ことに気づかされる。

また、専門的でややハードルが高く感じる新書だが、実際に目を通すとフォーメーションやゴールパターンが図解されているため、実に読みやすくわかりやすい。スポーツライターとして長年に渡って活躍する著者ならではの読者に分かりやすい構成、豊富な人脈から実現した貴重なインタビューと証言、そしてジャーナリストとしての鋭い視点……、そのすべてがこの一冊に凝縮されていると言っていいだろう。

個人的にその内容で驚きだったのは、勝利した当時のイタリア代表監督エンツォ・ベアルゾットの緻密なまでの戦術と人心掌握術、そして相手に対する高い分析力だ。その思考は恐ろしいまでに戦略家として研ぎ澄まされており、相手の心理状態まで考慮して立案された戦術・戦法には、監督でありながら稀代の名軍師・名参謀としての印象すら感じる。

日本史上最大の歴史的“大番狂わせ”と言えば、戦国時代に織田信長が今川義元を破った「桶狭間の合戦」が挙げられるが、かつては奇跡と言われたこの合戦も、研究が進んだ近年では織田信長の作戦勝ちだと言われている。この本を読み進めていくと、まさにイタリアは織田軍、ブラジルが今川軍に見えてならない。前評判が低く、敗色濃厚だった織田信長は情報戦で相手の動きを把握し、味方を鼓舞して起死回生のカウンター攻撃で勝利した。その動きはベアルゾットの思考や言動と重なる部分が多く、対してブラジルは定石通りの戦い方にこだわった今川軍と同様に、自分たちの得意な攻撃の形にこだわって守備の不安定さに目をつぶって敗れた。小さな油断が重なったことで、相手に突かれる隙がブラジルに生まれたことも、今川軍と同じ匂いがする。

どうやら、勝負事で「奇跡」「大番狂わせ」を起こすためには、似たような法則が存在するのかもしれない。すでに30年以上前に行われた試合だが、時代によって変わる戦術的はさておき、当事者たちが口にした証言の数々はこの上ない金言と言える。時代は感じつつも、選手たちが抱いた思考や心理的な描写の数々は色あせない。そして、当事者たちの言葉を基に書かれた本書は、サッカーの“歴史を記した書”としても貴重な一冊だ。

当時の試合を実際に目にしていた人も、当時を知らない若い世代も、この本を読めば、「いかにして強大な相手に立ち向かうか」「相手を研究する際に必要なことは何なのか」「勝負の世界で勝つために必要なことは何か」ということの真理を知ることができるはずだ。

『世紀の大番狂わせはなぜ起きたのか?
1982 イタリアvsブラジル』
著/加部 究
ガイドワークス 1,000円(税別)

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